朝の光,夕べの雲

キリスト教,聖書の記事

ガラテヤ人への手紙 4章 解説 

f:id:john3-16:20211208174835p:plain

 

 

 
イエスの降誕
 
 
(ガラテヤ4:4)
 
「時の満ちるに及んで,
 
神は御子を女から生れさせ,
 
律法の下に生れさせて,
 
おつかわしになった。」
 
 
 
イエス・キリストは
 
人として来られた神です。
 
 
救いはこの時から,始まります。
 
 
 
 
 
 
「アバ父」と呼ぶ,御子の御霊
 
 
(ガラテヤ4:6)
 
このように,
 
あなたがたは子であるのだから,
 
神はわたしたちの心の中に,
 
『アバ,父よ』と呼ぶ御子の霊を
 
送って下さったのである。」 
 
 
 
イエスを受け入れた者は,
 
信じると神の子となります
 
 
 
(ヨハネ1:12)
 
「彼を受けいれた者,
 
すなわち,その名を信じた人々には,
 
彼は神の子となる力を与えたのである。」
 
 
 
 
 
 
イエス・キリストを信じると,
 
心に聖霊が下ります。
 
 
すると,神を「アバ父」(お父さん)と
 
呼べるのです。
 
 
そして,神の子として,
 
神の恵みを相続します。
 
 
 
(ガラテヤ4:6-9)
「このように,
あなたがたは子であるのだから,
神はわたしたちの心の中に,
『アバ,父よ』と呼ぶ御子の霊を
送って下さったのである。 
したがって,
あなたがたはもはや僕ではなく,
子である。
子である以上,
また神による相続人である。 
神を知らなかった当時,あなたがたは,
本来神ならぬ神々の奴隷になっていた。 
しかし,今では神を知っているのに,
否,むしろ神に知られているのに,
どうして,あの無力で貧弱な,
もろもろの霊力に逆もどりして,
またもや,
新たにその奴隷になろうとするのか。」
 
 
 
☆彡
 
 
 
 
神の子の恵みは次のようなものです。
 
1.
 
霊的祝福

(エペソ1:3-5)
「ほむべきかな,
わたしたちの主イエス・キリストの
父なる神。
神はキリストにあって,
天上で霊のもろもろの祝福をもって,
わたしたちを祝福し,
みまえにきよく
傷のない者となるようにと,
天地の造られる前から,
キリストにあってわたしたちを選び,
わたしたちに,
イエス・キリストによって
神の子たる身分を授けるようにと,
御旨のよしとするところに従い,
愛のうちに
あらかじめ定めて下さったのである。」

 
2.
 
御子イエス・キリストとすべての恵み

(ローマ8:32)
「ご自身の御子をさえ惜しまないで,
わたしたちすべての者のために
死に渡されたかたが,
どうして,
御子のみならず万物をも
賜わらないことがあろうか。」
 
 
 
 
♪ 「御霊は天より」
 
    (新聖歌135番)                                       
 
1.
御霊は天(あめ)より われに降りて
喜び安きを 見たし給えり
わが心静かなり 嵐はやみて
イエス君の御声のみ 明(さや)かに聞こゆ
 
2.
御霊の満たしを 賜(たま)いし時に
疑い恐れは われより去れり
わが心静かなり 嵐はやみて
イエス君の御声のみ 明(さや)かに聞こゆ
 
3.
まことに御霊は 光のごとく
心の闇夜を 照らし給えり
わが心静かなり 嵐はやみて
イエス君の御声のみ 明(さや)かに聞こゆ
 
4.
御霊に満ちたる 心のうちに
主はその御顔を 映し給うなり
わが心静かなり 嵐はやみて
イエス君の御声のみ 明(さや)かに聞こゆ
 
 
 
☆彡
 
 
 
「キリストが形づくられる」
 
 
(ガラテヤ4:19)
 
「私の子どもたちよ。
 
あなたがたのうちに
 
キリストが形造られるまで,
 
私は再びあなたがたのために
 
産みの苦しみをしています。」
 
 
 
わたしたちの性格と行いが,
 
イエス・キリストと同じになることが,
 
イエス・キリストを信じる者の
 
最終的な目標です。
 
 
(エペソ4:13)
「わたしたちすべての者が,
神の子を信じる信仰の一致と
彼を知る知識の一致とに到達し,
全き人となり,
ついに,
キリストの満ちみちた徳の高さにまで
至るためである。」
 
 
(1ヨハネ2:1)
「わたしの子たちよ。
これらのことを書きおくるのは,
あなたがたが
罪を犯さないようになるためである。
もし,罪を犯す者があれば,
父のみもとには,
わたしたちのために助け主,
すなわち,
義なるイエス・キリストがおられる。」
 
 
パウロは,ガラテヤの信徒が,
 
福音の真理に立ち返り,
 
心の中にキリストが形造られるまでは,
 
パウロ自身が
 
生みの苦しみをすると言います。
 
 
同じように,わたしたちも,
 
こころにキリストが形造られるまでは,
 
私たち自身が苦しみます。
 
 
わたしたちは,
 
わたしたちの内に
 
キリストの形を造るべきです。
 
 
私たち自身を
 
つくろうとしてはいけません。
 
 
イエス・キリストご自身が,
 
わたしたちの心の中にいるということが,
 
わたしたちの生き方です。
 
 
 
 
「恵みの主イエスよ」
 
(新聖歌121 バッハ編曲)
 
恵みの主イエスよ 
心のうちに
 
尊き御姿(みすがた) 
記(しる)させ給え
 
十字架のイエスを 
こころに刻(きざ)み
 
わららの隠(かく)れ家(が) 
救いとし給え
 
 
 
 
 
 
 
キリストの形(2)
 
 
(ガラテヤ4:19-20)
 
「ああ、わたしの幼な子たちよ。
 
あなたがたの内に
 
キリストの形ができるまでは、
 
わたしは、またもや、
 
あなたがたのために
 
産みの苦しみをする。
 
できることなら、
 
わたしは今あなたがたの所にいて、
 
語調を変えて話してみたい。
 
わたしは、あなたがたのことで、
 
途方にくれている。」
 
 
 
「キリストの形ができる」のは,
 
聖霊ご自身の助け,
 
導きによる恵みのみわざによります。
 
 
神の人の創造をもとにして(創1:27)
 
イエスの再臨において完成します。
 
(参照1ヨハ3:1‐3)
 
 
人は完成の途中にあります。
 
 
聖霊ご自身による
 
みわざによっていますが,
 
パウロは「産みの苦しみ」
 
をしているといいます。
 
 
 
 
 
 
自由人
 
 
(ガラテヤ4:30)
 
「しかし,聖書はなんと言っているか。
 
『女奴隷とその子とを追い出せ。
 
女奴隷の子は,
 
自由の女の子と共に
 
相続をしてはならない』
 
とある。」
 
 
 
アブラハムの奴隷の女を通して
 
うまれたイシュマエルは
 
人間的な努力によるものでした。
 
 
わたしたちは,
 
自由の子
 
(イエス・キリストの贖いにより,
 
信仰によって,義とされ,
 
自由にされた者として)
 
として,生きるのです。