朝の光,夕べの雲

キリスト教,聖書の記事

1ヨハネ4章 人として来たイエス・キリスト

 

人として来たイエス・キリスト

 
と反キリスト
 
 
 
(1ヨハネ4:2,3)
 
「人となって来た
 
イエス・キリストを告白する霊はみな,
 
神からのものです。
 
それによって神からの霊を知りなさい。
 
イエスを告白しない霊は
 
どれ一つとして
 
神から出たものではありません。
 
それは反キリストの霊です。
 
あなたがたは
 
それが来ることを聞いていたのですが,
 
今それが世に来ているのです。」
 
 
 
ここでの反キリストは,
 
イエス・キリストが人としてこられたことを
 
認めない者です。
 
 
聖書はイエス・キリストは,
 
神であり,人であるといいます。
 
 
ヨハネも,
 
イエスは神であり,
 
完全な人間であると言います。
 
 
ここで,イエスを告白しない霊は,
 
偽キリストだといいます。
 
 
偽キリストは,
 
イエス・キリストの受肉を否定し,
 
神は肉や血をもった肉体には,
 
宿ることはできないといいます。
 
 
 
 
 
 
「ここに愛がある」,なだめの供え物
 
 
(1ヨハネ4:9,10)
 
「神はそのひとり子を世に遣わし,
 
その方によって私たちに,
 
いのちを得させてくださいました。
 
ここに,
 
神の愛が私たちに示されたのです。
 
私たちが神を愛したのではなく,
 
神が私たちを愛し,
 
私たちの罪のために,
 
なだめの供え物としての
 
御子を遣わされました。
 
ここに愛があるのです。」
 
 
 
十字架で神の愛が現されました。
 
 
「私たちの罪のために,
 
なだめの供え物としての御子を遣わされ」
 
と言うのは,
 
罪人である私たちの上に下されるはずの
 
神の怒りをなだめるために,
 
ご自分の「ひとり子」を
 
「なだめの供え物」とされました。
 
 
そして,
 
罪過と罪との中に死んでいた私たちに,
 
いのちを得させてくださったのです。
 
 
ここに,神の愛があります。
 
 
 
 
 
 
神の愛
 
 
(1ヨハネ4:16)
 
「私たちは,
 
私たちに対する神の愛を知り,
 
また信じています。
 
神は愛です。
 
愛のうちにいる者は神のうちにおり,
 
神もその人のうちにおられます。」
 
 
(1ヨハネ3:14,15)
 
「私たちは,
自分が死からいのちに
移ったことを知っています。
それは,兄弟を愛しているからです。
愛さない者は,
死のうちにとどまっているのです。
兄弟を憎む者はみな,人殺しです。
いうまでもなく,
だれでも人を殺す者のうちに,
永遠のいのちが
とどまっていることはないのです。」
 
 
 
 
 
 
互いに愛しましょう
 
 
(1ヨハネ4:7-9)
 
「愛する者たち。
 
私たちは,互いに愛し合いましょう。
 
愛は神から出ているのです。
 
愛のある者はみな神から生まれ,
 
神を知っています。
 
愛のない者に,神はわかりません。
 
なぜなら神は愛だからです。
 
神はそのひとり子を世に遣わし,
 
その方によって私たちに,
 
いのちを得させてくださいました。
 
ここに,
 
神の愛が私たちに示されたのです。」
 
 
 
 
 
 
真の愛 
 
 
(1ヨハネ4:9,10)
 
「神はそのひとり子を世に遣わし,
 
その方によって私たちに,
 
いのちを得させてくださいました。
 
ここに,
 
神の愛が私たちに示されたのです。
 
私たちが神を愛したのではなく,
 
神が私たちを愛し,
 
私たちの罪のために,
 
なだめの供え物としての
 
御子を遣わされました。
 
ここに愛があるのです。」
 
 
 
わたしたちは,
 
イエス・キリストに出会ったとき,
 
はじめて愛を知ります。
 
 
 
 
 
 
全き愛
 
 
(1ヨハネ4:18,19)
 
「愛には恐れがありません。
 
全き愛は恐れを締め出します。
 
なぜなら恐れには
 
刑罰が伴っているからです。
 
恐れる者の愛は,
 
全きものとなっていないのです。
 
私たちは愛しています。
 
神がまず
 
私たちを愛してくださったからです。」
 
 
 
わたしたちが,不安,恐れから
 
エゴイズム(自己中心)に
 
とらわれます。
 
 
この思いと取り除いてくださるのが,
 
神の愛です。
 
 
神の愛は恐れを締め出します。
 
 
(ヨハネ3:16)
「神は,実に,
そのひとり子をお与えになったほどに,
世を愛された。
それは御子を信じる者が,
ひとりとして滅びることなく,
永遠のいのちを持つためである。」
 
 
2019-12-20