朝の光,夕べの雲

キリスト教,聖書の記事

1ヨハネ3章 神の愛 

 
 

 

神の愛 
 
 
(1ヨハネ3:16)
 
「キリストは,
 
私たちのために,
 
ご自分のいのちをお捨てになりました。
 
それによって
 
私たちに愛がわかったのです。
 
ですから私たちは,
 
兄弟のために,
 
いのちを捨てるべきです。」
 
 
 
1ヨハネ(ヨハネの手紙一)
 
のメッセージの一つは愛です。
 
 
愛はイエス・キリストから出ています。
 
 
口先だけでなく,
 
自己犠牲の実践が求められています。
 
 
神は私たちがキリストを信じ,
 
互いに愛し合うことを命じています。
 
 
イエス・キリストが
 
「ぶどうの木」のたとえの中で
 
話された内容と同じです。
 
 
(ヨハネ15:17)
「あなたがたが互いに愛し合うこと,
これが,
わたしのあなたがたに与える戒めです。」
 
 
(1ヨハネ3:16-23)
「キリストは,私たちのために,
ご自分のいのちをお捨てになりました。
それによって
私たちに愛がわかったのです。
ですから私たちは,
兄弟のために,いのちを捨てるべきです。
世の富を持ちながら,
兄弟が困っているのを見ても,
あわれみの心を閉ざすような者に,
どうして神の愛が
とどまっているでしょう。
子どもたちよ。
私たちは,
ことばや口先だけで愛することをせず,
行ないと真実をもって
愛そうではありませんか。
それによって,
私たちは,自分が
真理に属するものであることを知り,
そして,
神の御前に心を安らかにされるのです。
たとい自分の心が責めてもです。
なぜなら,神は私たちの心よりも大きく,
そして何もかもご存じだからです。
愛する者たち。
もし自分の心に責められなければ,
大胆に神の御前に出ることができ,
また求めるものは
何でも神からいただくことができます。
なぜなら,私たちが神の命令を守り,
神に喜ばれることを行なっているからです。
神の命令とは,
私たちが
御子イエス・キリストの御名を信じ,
キリストが命じられたとおりに,
私たちが互いに愛し合うことです。」
 
 
 
 
 
 
行いと真実をもって愛する
 
 
(1ヨハネ3:18)
 
「子どもたちよ。
 
私たちは,
 
ことばや口先だけで愛することをせず,
 
行いと真実をもって
 
愛そうではありませんか。」
 
 
 
愛するとは,
 
その人の存在を喜ぶことです。
 
 
人は愛されて初めて,
 
愛されるにふさわしいものになります。
 
 
愛されることによって,
 
何かが出来,積極的になります。
 
 
愛されることによって
 
この世で何かが出来るのです。
 
 
(1ヨハネ3:11-18)
「互いに
愛し合うべきであるということは,
あなたがたが
初めから聞いている教えです。
カインのようであってはいけません。
彼は悪い者から出た者で,
兄弟を殺しました。
なぜ兄弟を殺したのでしょう。
自分の行いは悪く,
兄弟の行いは正しかったからです。
兄弟たち。
世があなたがたを憎んでも,
驚いてはいけません。
私たちは,
自分が死からいのちに
移ったことを知っています。
それは,兄弟を愛しているからです。
愛さない者は,
死のうちにとどまっているのです。
兄弟を憎む者はみな,人殺しです。
いうまでもなく,
だれでも人を殺す者のうちに,
永遠のいのちが
とどまっていることはないのです。
キリストは,私たちのために,
ご自分のいのちをお捨てになりました。
それによって私たちに愛がわかったのです。
ですから私たちは,
兄弟のために,いのちを捨てるべきです。
世の富を持ちながら,
兄弟が困っているのを見ても,
あわれみの心を閉ざすような者に,
どうして神の愛がとどまっているでしょう。
子どもたちよ。私たちは,
ことばや口先だけで愛することをせず,
行いと真実をもって
愛そうではありませんか。」
 
 
2019-12-20