朝の光,夕べの雲

キリスト教,聖書の記事

義認     (ガラテヤ2:16)

 

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(ガラテヤ2:16)
 
 
「人は律法の行ないによっては
 
義と認められず,
 
ただキリスト・イエスを信じる
 
信仰によって義と認められる,
 
ということを知ったからこそ,
 
私たちも
 
キリスト・イエスを信じたのです。
 
これは,律法の行ないによってではなく,
 
キリストを信じる信仰によって
 
義と認められるためです。
 
なぜなら,
 
律法の行ないによって
 
義と認められる者は,
 
ひとりもいないからです。」
 
 
 
 
「義と認められる」とは,
 
神によって義であると宣言されることです。
 
 
神の律法を守れないで,
 
罪を犯したとされる場合にも,
 
キリストの贖いのゆえに
 
弁護されることです。
 
 
神があなたはあなたは正しいと
 
言ってくださることです。
 
 
 
義認とは,法廷用語であって,
 
「義と認める」方は
 
裁判官としての神です。
 
 
神が人を義と認めるのは,
 
その無罪と義を宣言することです。
 
 
「信仰」は,
 
キリストにすべてを委ねることです。
 
 
信仰はキリストによって与えられる
 
神の恵みです。
 
 
「知った」とは,
 
わたしたちが神の恵みを
 
受け入れることです。
 
 
 
 
 
 
 
 
神の義については,
 
ローマ書には次のように書かれています。
 
 
☆彡
 
 
 
イエスを信じる者が義と認められる
 
 
 
(ローマ3:21-24)
 
 
「しかし,今は,律法とは別に,
 
しかも律法と預言者によってあかしされて,
 
神の義が示されました。
 
すなわち,
 
イエス・キリストを信じる
 
信仰による神の義であって,
 
それはすべての信じる人に与えられ,
 
何の差別もありません。
 
すべての人は,罪を犯したので,
 
神からの栄誉を受けることができず,
 
ただ,神の恵みにより,
 
キリスト・イエスによる贖いのゆえに,
 
価なしに義と認められるのです。」
 
 
 
2014-06-07