コリント人への手紙第2 7-13章
7章
みこころに添った悔い
(2コリント7:10)
「神のみこころに添った悲しみは,
悔いのない,
救いに至る悔い改めを生じさせますが,
世の悲しみは死をもたらします。
ご覧なさい。
神のみこころに添ったその悲しみが,
あなたがたのうちに,
どれほどの熱心を
起こさせたことでしょう。
また,弁明,憤り,恐れ,慕う心,
熱意を起こさせ,
処罰を断行させたことでしょう。
あの問題について,あなたがたは,
自分たちがすべての点で
潔白であることを証明したのです。」
パウロは以前,「ある問題」について,
コリントの教会のある人に批判しました。
それを悔い改め,
教会は熱心を起こさせました。
○
8章
キリストの富
(2コリント8:7-9)
「あなたがたは,すべてのことに,
すなわち,信仰にも,ことばにも,
知識にも,あらゆる熱心にも,
私たちから出てあなたがたの間に
ある愛にも富んでいるように,
この恵みのわざにも
富むようになってください。
こうは言っても,
私は命令するのではありません。
ただ,他の人々の熱心さをもって,
あなたがた自身の
愛の真実を確かめたいのです。
あなたがたは,
私たちの主イエス・キリストの
恵みを知っています。
すなわち,主は富んでおられたのに,
あなたがたのために貧しくなられました。
それは,あなたがたが,
キリストの貧しさによって
富む者となるためです。」
イエス・キリストは,父なる神から
すべてを与えられたお方でしたが,
すべてを放棄して,
十字架に架って下さいました。
それは私たちの心の内が,
富むものとなるためでした。
○
9章
喜んで与える
(2コリント9:7)
「ひとりひとり,
いやいやながらでなく,
強いられてでもなく,
心で決めたとおりにしなさい。
神は喜んで与える人を
愛してくださいます。」
献金の勧めですが,
いろいろなことに当てはまりそうです。
○
神をあがめる
(2コリント9:13)
「このわざを証拠として,
彼らは,あなたがたがキリストの
福音の告白に対して従順であり,
彼らに,
またすべての人々に惜しみなく
与えていることを知って,
神をあがめることでしょう。」
○
賜物に感謝
(2コリント9:15)
「ことばに表せないほどの賜物のゆえに,
神に感謝します。」
パウロはコリントから受けた
献金について感謝しています。
○
10章
従順
(2コリント10:3-6)
「わたしたちは,
肉にあって歩いてはいるが,
肉に従って戦っているのではない。
わたしたちの戦いの武器は,
肉のものではなく,
神のためには要塞をも破壊するほどの
力あるものである。
わたしたちはさまざまな議論を破り,
神の知恵に逆らって立てられた
あらゆる障害物を打ちこわし,
すべての思いをとりこにして
キリストに服従させ,
そして,あなたがたが完全に服従した時,
すべて不従順な者を処罰しようと,
用意しているのである。」
従順はイエス・キリストへの信仰を,
積極的に行うことです。
○
主を誇る
(2コリント10:17,18)
「『誇る者は主を誇れ。』
自己推薦する者ではなく,
主から推薦される人こそ,
適格者として受け入れられるのです。」
○
11章
教会に偽使徒が入る
(2コリント11:12-15)
「しかし、わたしは、
現在していることを今後もしていこう。
それは、わたしたちと同じように誇りうる
立ち場を得ようと
機会をねらっている者どもから、
その機会を断ち切ってしまうためである。
こういう人々はにせ使徒、
こういう人々はにせ使徒、
人をだます働き人であって、
キリストの使徒に擬装しているに
すぎないからである。
しかし、驚くには及ばない。
しかし、驚くには及ばない。
サタンも光の天使に擬装するのだから。
だから、たといサタンの手下どもが、
だから、たといサタンの手下どもが、
義の奉仕者のように擬装したとしても、
不思議ではない。
彼らの最期は、
そのしわざに合ったものとなろう。」
コリント教会に,
にせ使徒が入っていました。
にせ使徒は,
パウロが偽の使徒だといいます。
2コリントを書いたのは,
パウロ自身が使徒であるということの
弁明のためでした。
○
(2コリント11:30,31)
「もし誇らねばならないのなら,
わたしは自分の弱さを誇ろう。
永遠にほむべき,
主イエス・キリストの父なる神は,
わたしが偽りを言っていないことを,
ご存じである。」
使徒としてのパウロは,弱さを誇ります。
○
12章
第三の天
(2コリント12:1-4)
「無益なことですが,
誇るのもやむをえないことです。
私は主の幻と啓示のことを話しましょう。
私はキリストにある
ひとりの人を知っています。
この人は十四年前に
・・肉体のままであったか,
私は知りません。
肉体を離れてであったか,
それも知りません。
神はご存じです。
・・第三の天にまで引き上げられました。
私はこの人が,
・・それが肉体のままであったか,
肉体を離れてであったかは知りません。
神はご存じです。・・
パラダイスに引き上げられて,
人間には語ることを許されていない,
口に出すことのできないことばを
聞いたことを知っています。」
「キリストにある一人の人」とは,
パウロは他人のこととして
書いていますが,
パウロ自身ようです。
「第三の天」とは,
「パラダイス」(楽園)のことで,
イエス・キリストと出会える
「天国」と同じだと思われます。
○
とげ
(2コリント12:7-9)
「そこで,高慢にならないように,
わたしの肉体に
一つのとげが与えられた。
それは,高慢にならないように,
わたしを打つサタンの使なのである。
このことについて,
わたしは彼を
離れ去らせて下さるようにと,
三度も主に祈った。
ところが,主が言われた,
『わたしの恵みは
あなたに対して十分である。
わたしの力は弱いところに
完全にあらわれる』。
それだから,
キリストの力がわたしに宿るように,
むしろ,喜んで自分の弱さを誇ろう。」
パウロは第三の天国にあげられましたが,
またとげも与えられました。
このとげは,なにかはわかりませんが,
肉体上の病気があったのではないかと
思われます。
眼が悪かったと考える人もいます。
○
神の恵み
(2コリント12:9)
「わたしの恵みは,
あなたに十分である。
というのは,わたしの力は,
弱さのうちに
完全に現われるからである。」
「わたしの恵みは,
あなたに十分である。」
と主からパウロは聞きます。
パウロは,この真理を自分のとげを
取り除いてくださいという
祈りの結果として与えられました。
○
私が弱いとき
(2コリント12:10)
「私は,キリストのために,
弱さ,侮辱,苦痛,迫害,
困難に甘んじています。
なぜなら,
私が弱いときにこそ,
私は強いからです。」
わたしたちが,弱さ,を感じたとき,
キリストが働いてくださいます。
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13章
内にいるキリスト
(2コリント13:4)
「確かに,
弱さのゆえに十字架につけられましたが,
神の力のゆえに生きておられます。
私たちもキリストにあって弱い者ですが,
あなたがたに対する神の力のゆえに,
キリストとともに生きているのです。」
イエスは十字架で死にましたが,
復活し,今も生きています。
イエス・キリストを信じる者も,
罪の古い自分は死に,
復活したキリストと共に生きています。
○
完全な者になりなさい
(2コリント13:11)
「 終わりに,兄弟たち,喜びなさい。
完全な者になりなさい。
励まし合いなさい。
思いを一つにしなさい。
平和を保ちなさい。
そうすれば,
愛と平和の神があなたがたと
共にいてくださいます。」
パウロのこの手紙の
最後の勧めの言葉です。
2017.5.2