(ピリピ2:17)
「たとい私が,
あなたがたの信仰の供え物と
礼拝とともに,
注ぎの供え物となっても,
私は喜びます。
あなたがたすべてとともに喜びます。」
「喜び」は,神から信じる者に与えられる
霊的な贈り物です。
パウロはこの喜びがありました。
この手紙を書いた時,
パウロはローマの牢に
入れられていました。
そして,
いつ処刑されるかわからない状況でした。
しかし,パウロは喜んでいました。
「注ぎの供え物」とは,
旧約聖書における供え物の比喩にして,
パウロの殉教を指しています。
「注ぎの供え物」については,
旧約聖書の民数記に
次のように書いてあります。
(民数記15:10)
「また注ぎのささげ物として
ぶどう酒二分の一ヒンを
ささげなければならない。
これは主へのなだめのかおりの,
火によるささげ物である。」
イエスも十字架の死の前に
次のように語ります。
イエス・キリストには,
喜びがあったのです。
(ヨハネ15:10)
「わたしが
これらのことをあなたがたに話したのは,
わたしの喜びがあなたがたのうちにあり,
あなたがたの喜びが
満たされるためです。」
☆彡
共に喜ぶ
(ピリピ2:12-18)
「そういうわけですから,
愛する人たち,
いつも従順であったように,
私がいるときだけでなく,
私のいない今はなおさら,
恐れおののいて
自分の救いを達成してください。
神は,みこころのままに,
あなたがたのうちに働いて志を立てさせ,
事を行なわせてくださるのです。
すべてのことを,つぶやかず,
疑わずに行ないなさい。
それは,あなたがたが,
非難されるところのない純真な者となり,
また,曲がった邪悪な世代の中にあって
傷のない神の子どもとなり,
いのちのことばをしっかり握って,
彼らの間で世の光として輝くためです。
そうすれば,私は,
自分の努力したことがむだではなく,
苦労したこともむだでなかったことを,
キリストの日に誇ることができます。
たとい私が,
あなたがたの信仰の供え物と
礼拝とともに,
注ぎの供え物となっても,
私は喜びます。
あなたがたすべてとともに喜びます。
あなたがたも同じように喜んでください。
私といっしょに喜んでください。」