朝の光,夕べの雲

キリスト教,聖書の記事

カイザルのものはカイザルに (マタイ22:21)

 
(マタイ22:21)
 
「イエスは言われた。
『それなら,
カイザルのものはカイザルに返しなさい。
そして神のものは神に返しなさい。』」
 
 
 
 
(マタイ22:15ー22)
「そのころ,パリサイ人たちは出て来て,
どのように
イエスをことばのわなに
かけようかと相談した。
彼らはその弟子たちを,
ヘロデ党の者たちといっしょに
イエスのもとにやって,
こう言わせた。
「先生。私たちは,あなたが真実な方で,
真理に基づいて神の道を教え,
だれをもはばからない方だと存じています。
あなたは,人の顔色を見られないからです。
それで,どう思われるのか言ってください。
税金をカイザルに納めることは,
律法にかなっていることでしょうか。
かなっていないことでしょうか。」
イエスは彼らの悪意を知って言われた。
「偽善者たち。なぜ,わたしをためすのか。
納め金にするお金をわたしに見せなさい。」
そこで彼らは,
デナリを一枚イエスのもとに持って来た。
そこで彼らに言われた。
「これは,だれの肖像ですか。
だれの銘ですか。」
彼らは,「カイザルのです。」と言った。
そこで,イエスは言われた。
「それなら,
カイザルのものはカイザルに返しなさい。
そして神のものは神に返しなさい。」
彼らは,これを聞いて驚嘆し,
イエスを残して立ち去った。
 
 
 
 
復活の時
 
(マタイ22:30-32)
「復活の時には,
人はめとることも,
とつぐこともなく,
天の御使いたちのようです。
それに,死人の復活については,
神があなたがたに語られた事を,
あなたがたは読んだことがないのですか。
『わたしは,
アブラハムの神,
イサクの神,
ヤコブの神である』
とあります。
神は死んだ者の神ではありません。
生きている者の神です。」
 
 
 
イエスは,
 
復活を語るイザ26:19やダニ12:2でなく
 
彼ら(サドカイ人たち)の信じる
 
モーセ五書から
 
出エジプト3:6を引用します。
 
 
そこに「アブラハムの神,イサクの神,ヤコブの神であった」
 
という過去形でなく,
 
 
「である」(32)という現在形が
 
用いられている事実を指摘します。
 
 
つまり彼ら族長たちは
 
「死んだ者」ではなく,
 
「生きている者」なのであるといいます。
 
 
この答にサドカイ人は黙ってしまいます。
 
 
 
(マタイ22:23-33)
その日,
復活はないと言っているサドカイ人たちが,
イエスのところに来て,質問して,言った。
「先生。モーセは
『もし,
ある人が子のないままで死んだなら,
その弟は兄の妻をめとって,
兄のための子をもうけねばならない』
と言いました。
ところで,
私たちの間に七人兄弟がありました。
長男は結婚しましたが,
死んで,子がなかったので,
その妻を弟に残しました。
次男も三男も,
七人とも同じようになりました。
そして,最後に,その女も死にました。
すると復活の際には,
その女は七人のうちだれの妻なのでしょうか。
彼らはみな,その女を妻にしたのです。」
しかし,イエスは彼らに答えて言われた。
「そんな思い違いをしているのは,
聖書も神の力も知らないからです。
復活の時には,人はめとることも,
とつぐこともなく,
天の御使いたちのようです。
それに,死人の復活については,
神があなたがたに語られた事を,
あなたがたは読んだことがないのですか。
 『わたしは,
アブラハムの神,
イサクの神,
ヤコブの神である』
とあります。
神は死んだ者の神ではありません。
生きている者の神です。」
群衆はこれを聞いて,
イエスの教えに驚いた。
 
 
 
 
最も重要な掟
 
(マタイ22:34-40)
「パリサイ人たちは,
イエスがサドカイ人たちを
黙らせたと聞いて,
いっしょに集まった。
そして,
彼らのうちのひとりの律法の専門家が,
イエスをためそうとして,尋ねた。
「先生。律法の中で,
たいせつな戒めはどれですか。」
そこで,イエスは彼に言われた。
「『心を尽くし,思いを尽くし,
知力を尽くして,
あなたの神である主を愛せよ。』
これがたいせつな第一の戒めです。
『あなたの隣人を
あなた自身のように愛せよ』
という第二の戒めも,
それと同じようにたいせつです。
律法全体と預言者とが,
この二つの戒めにかかっているのです。」
 
 
イエスの語られた最も大切な戒めです。
 
旧約聖書からの引用です。
 
 
(申命記6:4,5)
「聞きなさい。
イスラエル。
主は私たちの神。
主はただひとりである。
心を尽くし,
精神を尽くし,
力を尽くして,
あなたの神,主を愛しなさい。」
 
 
(レビ記19:18)
「復讐してはならない。
あなたの国の人々を恨んではならない。
あなたの隣人を
あなた自身のように愛しなさい。
わたしは主である。」
 
 
 
 
ダビデの子についての問答
 
(マタイ22:41-46)
パリサイ人たちが集まっているときに,
イエスは彼らに尋ねて言われた。
「あなたがたは,
キリストについて,どう思いますか。
彼はだれの子ですか。」
彼らはイエスに言った。
「ダビデの子です。」
イエスは彼らに言われた。
「それでは,どうしてダビデは,
御霊によって,彼を主と呼び,
 『主は私の主に言われた。
「わたしがあなたの敵を
あなたの足の下に従わせるまでは,
わたしの右の座に着いていなさい。」』
と言っているのですか。
ダビデがキリストを主と呼んでいるのなら,
どうして彼はダビデの子なのでしょう。」
それで,だれもイエスに一言も
答えることができなかった。
また,その日以来,もはやだれも,
イエスにあえて質問をする者はなかった。
 
 
 
 
 
 
2019-11-28